「誰かの役に立ちたい!」と頑張りすぎて、疲れていませんか?
実は、人の役に立つってそんな大げさなことじゃありません。
きっとあなたも、もうすでに誰かの役に立っています。
頑張りすぎていませんか?
人の役に立つことは、とても尊いことです。
更にそれで感謝されたりしたら、嬉しいですよね。
でもそのために、自分の力以上のことをやろうとしたり、自分の時間を犠牲にしたり、何かと無理をしていませんか?
もしそうだとしたら、人の役に立つためには、困ってる人を助けるとか、誰かの悩みを解決するとか、何か成果みたいものを残さなきゃいけないと思い込んでいる可能性があります。
私も昔は、誰かの役に立とうと必死になっていました。
困っている人がいたら、もうその人にかかりっきり。
むしろ、困っている人を探し求めているかのような、そんな感覚さえありました。
誰かの役に立つことで、自分が必要とされていると感じることができる。
まさに、人からの評価で、自分を評価しようとしていたんだと思います。
もう誰かの役に立っている
そんな私がある時、何となくSNSに青空の写真をアップしたら…
「綺麗な写真をありがとう」
っていう、コメントがつきました。
またある時、自分の考えをまとめたくて、なんとなくSNSにアップしたら…
「勉強になります!」
なんて、コメントがつきました。
どちらもただなんとなく、自分のためにやったことですが、まさか、人から感謝をされました。
この時、気付いたんです。
これって、その人たちの役に立っていますよね?
人の役に立つって、その人の代わりに何かするとか、直接手伝うとかじゃなくても…
ただ、自分の気づいたことや学んだこと、経験したことなどを、何かしらの形で伝えるだけで、それを勝手に役に立ててくれる人が、実はたくさんいるんです。
つまり、誰かのために何かしたいと思うのなら、まず、自分のことにしっかり向き合えばいいんだということです。
あなたは最近、どんな体験をしましたか?
何か感動したことはありますか?
特別なことじゃなくていいので、誰かに伝えてみてください。
むしろ、日常の中にある些細な気付きや体験こそ、周りの人たちが自分事として役に立てることができます。
人間は、互いに影響し合う生き物です。
誰かと関わり続ける以上、必ず誰かに影響を与えます。
特別なことなんてしなくても…
誰もが、誰かの「インフルエンサー」なんです。
武士道【忠義】の教え
実は今日の話は、武士道の【忠義】の教えをテーマにしています。
【忠義】とは・・・
- 真心を込めて尽くす
という意味があります。
武士たちが主君のために命をかけることから、自己犠牲を美化するような考えになりがちですが、自分がそれをするに値する相手だからと信じられることが大前提にあります。
決して、自分の価値を軽く考えているわけではありません。
私たちは自分を犠牲にした時ほど、こんなにやってあげたのに…という思いが芽生えてきます。
誰かのためにと思う時こそ、自分を大切にしてください。
